礼拝説教要旨 2026年8月23日
あわれみ深い主
(ヨナ書 1:1~17)
杉本信牧師

玉川上水キリスト教会牧師の杉本信(しん)と申します。ヨナ書からお話させていただきます。列王記第二14章25節によればヨナは、北イスラエル王国にあるガテ・ ヘフェルの出身です。北イスラエル王国において主に仕えていたヨナに対して、主のことばがありました。

ヨナ1:1~2 アミタイの子ヨナに、次のような主のことばがあった。「立ってあの大きな都ニネベに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ。」

神様はヨナに対して、アッシリアの首都ニネベに行き、みことばを伝えるようお命じになりました。主の御前に悪を行い続けたニネベに対して、神様は「ニネベが滅びる」と宣言しようとされたのです。しかしヨナは主のご命令に背いて、全く違う場所へ向かいます。

ヨナ1:3 しかし、ヨナは立って、主の御顔を避けてタルシシュへ逃れようとした。彼はヤッファに下り、タルシシュ行きの船を見つけると、船賃を払ってそれに乗り込み、主の御顔を避けて、人々と一緒にタルシシュへ行こうとした。

ニネベは北イスラエルの北東にあります。一方でヨナが船で行こうとしたタルシシュは、現代のスペインあたり(地中海沿岸の港町ヤッファから南東にずっと行ったところ)にあったのではないかと言われています。ですからヨナは、行くべきだったニネベの反対方向に行こうとしたということになります。ヨナはニネベに行くのがよほど嫌だったのでしょう。

ニネベを首都とするアッシリアは、北イスラエル王国にとって敵国でした。ですから、「主のご命令であってもそこに行きたくない」とヨナが考えるのは当然のことです。しかしながら、ヨナがあずかった神様のメッセージは「ニネベが滅びる」ということでした。彼らが滅びることは、北イスラエル王国の人々にとっては決して悪いことではないので、ヨナは意気揚々とニネベに行けばよかったのではないでしょうか。

しかしヨナはそのように単純には考えていませんでした。ヨナは神様のあわれみ深さを知っていたのです。もし主のみことばが語られて、ニネベの人々が悔い改める時、神様は彼らに下そうとしたわざわいを思い直すだろう、とヨナは考えていました。北イスラエル王国にとって脅威となり得る敵国アッシリアを主が憐れもうとしていることを、ヨナは受け入れることができません。それでヨナは主の命令に逆らってでも、遠くの地へ逃れようとしたのでした。

それでも主は、ご自身に背いていたヨナを放っておかれませんでした。

ヨナ1:4 ところが、主が大風を海に吹きつけられたので、激しい暴風が海に起こった。それで船は難破しそうになった。

「主が大風を海に吹き付けた」とありますとおり、この出来事は主のご計画によって起きています。不従順なヨナをお見捨てにならず、かえって彼を従順へと導こうとされたのでした。

とはいえ、この出来事に直面した水夫たちはそのような事情を知らないわけですから、いい迷惑です。水夫たちは船が難破しそうになり、死の危機に直面して恐れを抱きました。

ヨナ1:5 水夫たちは恐れて、それぞれ自分の神に向かって叫んだ。そして、船を軽くしようと船の積荷を海に投げ捨てた。一方、ヨナは船底に下りていて、横になってぐっすり寝入っていた。

水夫たちは生き延びるために必死になり、自分たちに出来る限りのことをしています。水夫たちはユダヤ人ではなく、多神教の文化をもった異邦人たちです。ですから彼らはそれぞれ自分が信じていた偶像に向かって助けを求めました。

しかし偶像は人を救う力が無く、そもそも生きてはいませんから、水夫たちの祈りに応えることはできません。それで今度は、船を軽くするために積荷を海に投げ込みます。このようにして水夫たちは懸命に助かるための行動に出ますが、状況は何も変わりません。そのような中でヨナは、「ぐっすり寝入っていた」とありますから、のんきなものです。船長はヨナを起こして彼の神に向かって祈るように命じました。

ヨナ1:6 すると船長が近づいて来て、彼に言った。「いったいどうしたのか。眠りこけているとは。起きて、あなたの神に願いなさい。もしかすると、その神が私たちに心を留め、私たちは滅びないですむかもしれない。」

船長だけでなく、船の上にいた人たちはみな、何かしらの超越的な力に頼ろうとしました。

ヨナ1:7 人々は互いに言った。「さあ、だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったのか、くじによって知ろう。」彼らがくじを引くと、そのくじはヨナに当たった。

主はくじを用いられて、暴風の原因がヨナにあるのだと人々に示されたのでした。主は私たちの行いの全てをご存知であられ、私たちが主の御前に隠せることなど何もありません。けれども乗り合わせた水夫たちはあくまで人間ですから、まだヨナの何が原因となって暴風が起きたかまでは分かっていません。それで水夫たちはヨナに迫り、問い詰めています。

ヨナ1:8 そこで彼らはヨナに言った。「話してくれ。だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったのか。あなたの仕事は何か。どこから来たのか。国はどこか。どの民の者か。」

そしてヨナは観念して、自分が何者であるかを正直に答えました。

ヨナ1:9 ヨナは彼らに言った。「私はヘブル人です。私は、海と陸を造られた天の神、主を恐れる者です。」

水夫たちはヨナからの説明を受けて、自分たちが死の危険にあっている全ての原因が、「天の神」である主に背いてしまったヨナにあると知りました。

ヨナ1:10 人々は非常に恐れて、彼に「何ということをしたのか」と言った。人々は、ヨナが彼らに告げたことによって、彼が主の御顔を避けて逃れようとしていることを知ったからである。

まことの神であられる主は生きておられ、海を荒れ狂わすことができるお方だと、水夫たちは知りました。主はヨナの出来事を通して、ご自身が全ての創造主であられ、全てを治めておられる主権者であられることを水夫たちにお示しになられたのです。主の偉大さを知った水夫たちは、ヨナがしでかした事の重大さを理解し、非常な恐れを抱いたのでした。

ヨナ1:11~12 彼らはヨナに言った。「私たちのために海が静まるようにするには、あなたをどうすればよいのか。」海がますます荒れてきたからである。ヨナは彼らに言った。「私を抱え上げて、海に投げ込みなさい。そうすれば、海はあなたがたのために静かになるでしょう。私は分かっています。この激しい暴風は、私のせいであなたがたを襲ったのです。」

助かる方法を尋ねた水夫たちに対して、自分を海に投げ捨ててしまえば良いと、ヨナは伝えました。けれども水夫たちは殺人の罪を犯したくないので、ヨナを海に投げたがりません。

ヨナ1:13 それでも人々は船を陸に戻そうと漕いだが、そうすることはできなかった。海がますます彼らに向かって荒れてきたからである。

ヨナを海に投げ捨てることを避けるために、水夫たちは船を漕いで陸を目指します。しかし主権者なる神様のご計画に抗うことはできず、いよいよ海は荒れていきます。

それでとうとう水夫たちは、覚悟を決めたのでした。

ヨナ1:14 そこで彼らは主に向かって叫んだ。「ああ、主よ。どうか、この男のいのちのことで、私たちが滅びることのないようにしてください。咎なき者の血の報いを、私たちの上に下さないでください。主よ。あなたは、望まれたとおりになさったのですから。」

主から遠ざかって生きていたはずの異邦人たちが、主の助けを呼び求めています。水夫たちはこれまで必死の努力をして生き延びようとしてきましたが、何をしても虚しく終わってしまい、水夫たちは死に行く自分たちの無力さに絶望したことでしょう。そのような中で神様はヨナを通して、全ての創造者であり主権者であるご自身を示されました。

そしてもはや主権者なる神様にすがることしかできないと知った水夫たちは、「ああ、主よ」と神様の名を叫び、助けを求めたのです。ヨナのいのちを絶つ行為の報いとして、神罰が自分たちに下らないかと水夫たちは恐れていました。それゆえに水夫たちは、恐ろしい罰をもって報いることがありませんようにと、神様に向かって祈り願いました。

そして水夫たちは、自分たちの命を主権者なる神様にゆだねて、ヨナを海に投げ込みました。

ヨナ1:15 こうして、彼らはヨナを抱え上げ、海に投げ込んだ。すると激しい怒りがやんで、海は凪になった。

主のみこころのとおりにヨナが海に投げ込まれたとき、海は凪になりました。荒れ狂う海が突如として凪になるという奇跡を水夫たちは目の当たりにし、このことによって水夫たちは生きて働かれるまことの神様を恐れ敬うようになり、主を礼拝する行為をしました。

ヨナ1:16 人々は非常に主を恐れ、主にいけにえを献げて誓願を立てた。

水夫たちは、今まで自分たちが信じていた異教の偶像のためではなく、まことの神様のためにいけにえを献げるようになりました。彼らが主を礼拝したのは、自分のいのちが神様の手の中にあることを知ったからでしょう。あわれみ深い主は、異邦人であった水夫たちの命を生かされて、主を恐れ敬って生きる礼拝者へと水夫たちを変革されたのです。

そしてあわれみ深い主は、海に沈むはずだったヨナをも生かしてくださいました。

ヨナ1:17 主は大きな魚を備えて、ヨナを呑み込ませた。ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいた。

海に沈むヨナを助け出すために、主は大きな魚を備えていてくださいました。こうして主権者なる神様は、ご自身から逃れようとしたヨナをも生かしてくださり、神様に従い生きる道へと導いてくださったのです。このことから私たちは、主があわれみ深いお方であり、ご自身のあわれみにより選ばれた者たちを救われ、人々を従順へと導かれる方だと知ることができます。

このあわれみ深い主によって、私たちも礼拝者としていただいたということを、今朝改めて覚えたいと思います。私たちは水夫たちと同じように、主から離れて生きていた異邦人であり、主に逆らって生きるほかない罪の奴隷でした。そして私たちが罪の奴隷として生き続けた先には、神様からの永遠の刑罰だけが待っていたはずでした。

しかし主はご自身の深いあわれみゆえに、御子イエスの尊い血によって私たちを罪の奴隷から贖い出し、聖霊なる神様の助けを私たちに与えてくださって、主に従い生きる「新しいいのち」を私たちに授けてくださいました。私たちは自分自身の力や、知恵や、良い行いによって自分自身を救い出したのではありません。ただただ神様のあわれみによって、私たちは滅びの道から救われて、神様の御前を生きつづける幸いへと導かれたのです。

あわれみ深い主によって救われた私たちですから、全ての造り主なるまことの神様を恐れ敬い、感謝と喜びをもって礼拝をささげましょう。そして主に従い生きるいのちを持つ者として私たちは、今週一週間の生活においてもみことばに従い、いかなる時にも神様と隣人を愛する歩みをささげていこうではありませんか。