礼拝説教要旨 2026年1月11日

喜び祝うのは当然

ルカの福音書15:11-32

喜び祝うのは当然               (ルカの福音書 15:11-32)

今日の所は、「福音書の中の福音書」「福音書中の真珠」と称される有名なたとえです。「放蕩息子のたとえ」とも言われますが、実際は、ここの主題は、放蕩息子を迎える父の愛ですから、「父の愛のたとえ」と呼ぶべきだと言う人もいます。「親の心、子知らず」と言いますが、私たちも、神のお心を知らなかったということがあるのかもしれません。

ある人に二人の息子がいました。父は二人とも愛していました。ある時、弟の方が「お父さん、私に財産の分け前を下さい」と言い出しました。父が生きているうちに、こんなことを言うのは向こうでも珍しいそうです。このたとえの父親は、何も言わずに、財産を二人に分けてやりました。弟は、もらうものをもらうと、すぐさま、親の目の届かない、誰も知っている人のいない、遠い国に行きました。お金はある。目の上のタンコブはいない。思う存分、遊ぶぞ!彼は後先考えずに、お金を湯水のように使って遊びました。なーに。お金がなくなったら、その時はその時。何かして働けばいいや、とでも思っていたのでしょうか。来る日も来る日もそんなふうに過ごしました。

そして、当然、来るべき時が来ました。お金が底を尽きました。金の切れ目が縁の切れ目。それまで寄ってきていた者たちは、サーッと潮が引くように去り、愛想良くしてくれていた者は、今度は会ってもくれません。そこに持ってきて大飢饉が襲いました。彼は落ちるところまで落ちました。ユダヤ人は、信仰上の理由から、豚は汚れた動物としてタブーとされていましたが、背に腹は代えられません。彼は豚の世話をすることになりました。しかし、大飢饉ですから、食べることもままならない。雇い主も、生かさぬよう、殺さぬよう、といったところでしょうか。朝は空腹とともに起き、夜も空腹とともに床につきます。働いている時も空腹感から逃れることはできません。ついには、豚のエサのいなご豆でいいから、お腹を満たしたいと思うほどになりました。「いなご豆」15-20cmくらいの、大きくて肉厚のさやの中に、小粒の種子が入っているもので、寒さに強く、やせた土地や荒野でもよく育つので、向こうでは至る所に栽培されているそうです。このさやを集めて圧搾すると甘い汁が得られ、これにはしょ糖が40-50%含まれるそうです。子どもがガムのように、かじったりもしたようです。日本で、昔、サトウキビをかじったように。で、その絞りかすを家畜の飼料としたそうです。彼は、豚がいなご豆の絞りカスを無心で食べているのを、うらやましそうに、つばをゴクリと飲み込みながら、見入るばかりでした。

そんな自分の姿に、ある時、ハッと気づいたのです。父の所にはパンがあり余っている雇い人が大勢いるではないか。それなのに自分は今ここで、飢え死にしようとしている。彼は父のもとに帰る決心をしました。雇い人としてでもいいから、置いてもらえたらと。18-19節「立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。『お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。 もう、息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください。』」落ちぶれに落ちぶれても、どんなにみっともなくても、最後の最後に、最後の頼みの綱として、父の憐れみに、彼は一縷の望みを持つことができた。これは、親としては、うれしいことではないでしょうか。パリサイ人は「何を虫のいいことを」と言うかもしれません。しかし父は喜びます。もちろん、彼は、自分のしたことを考えれば、とてもまともに父のところに帰れるものではないこともわかっています。資格という事から言ったら、戻る資格などないでしょう。ただ父の憐れみだけです。最後の拠り所は父の憐れみ。

そんな彼を、このたとえの父は、彼の想像を超えた愛をもって迎えてくれました。「こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとへ向かった。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけて、かわいそうに思い、駆け寄って彼の首を抱き、口づけした。」(20節)父は、まだ遠くにいた息子を見つけたとあります。来る日も来る日も、息子が帰ってこないか、外に出て待っていたのでしょう。そして、変わり果てた姿になっても、愛する息子は一目でわかります。彼が視界に入った瞬間、「かわいそうに思い」たまらず父親の方から息子の方に走り寄って彼を抱き、口づけしたのです。汚れた顔や服、家畜臭も構わず…。「どのツラ下げて、今ごろ、ノコノコ戻って来たんだ!」と蹴とばそうとしてでなく、仕方なしにでもなく、うちからこみ上げる憐みに突き動かされて、思わず駆け寄ったのです。ここに、神の私たちに対する愛があらわれています。神は私たちをそのように愛しておられるのです。そのことを現実のこととして認識したいものです。

息子は、こんなふうに迎えてもらえるとは、夢にも思わなかったでしょう。息子の思いを遙かに超えていた父親の愛。このとき彼は初めて父親の本当の愛を知りました。そしてそれゆえに、自分は本当に悪いことをしたと、心底、思ったのではないでしょうか。息子は父の懐に抱かれて、用意していたセリフを言おうとしました。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。もう、息子と呼ばれる資格はありません。」(21節)最初に考えていたセリフ(18-19節)と見比べると、最後の「雇い人の一人にしてください。」という言葉がありません。父親の愛を知った今、用意してきた言葉を途中まで言ったものの、「もう、息子と呼ばれる資格はありません。」と言おうとして、ああ、本当にその通りだ、という思いに圧倒されて、それ以上言葉を継げなかったのでしょうか。

父もまた、それで十分とばかりに、しもべたちに命じます。「急いで一番良い衣を持って来て、この子に着せなさい。手に指輪をはめ、足に履き物をはかせなさい。」(22節) ボロボロの、汚れきった格好で戻った息子に対し、父はまっさきに一番良い着物を着せました。一番良い着物とは、父の着物でしょう。それを着せて、息子の恥を覆い隠してくれました。そして彼がこの家の一員として受け入れられたことを示しました。指輪も、当時、単なる装飾品ではなく、印章としての機能を持っていて、書類や契約に封印する際に用いられました。その指輪を与えられたということは、法的にも家族の正式な一員として認められたことを示します。履き物も、当時、家の中で裸足で過ごすのは奴隷や雇い人で、履物を履くのは自由人であり、家族であることの証しでした。これらはすべて、父の側からの一方的なあわれみによってに与えられたものでした。

そして肥えた子牛をほふって、最高の食事で祝います。祝わずにはいられませんでした。「この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。」(24節)。聖書で「死」は、分離を表します。神に対して最初の人アダムが罪を犯した結果、神から分離してしまった状態を、神に対して死んだ状態と言います。肉体の死は、肉体と霊魂の分離です。ここでは、父と息子の関係が分離していた状態、離れ離れになっていた状態だったのを、「死んでいた」と言っているのでしょう。それが生き返ったとは、関係が回復したということ。いなくなっていたのに、見つかったというのも、同様の意味。失っていた、愛する息子を取り戻した喜びに勝る喜びはないでしょう。喜び祝わずにはいられません。

さて、ここでこのたとえが終ったら、前回の二つのたとえと同じ、失われたものに対する神の愛のたとえということで、メデタシメデタシで終わるのですが、ここに兄息子が登場します。彼は怒気を放っています。まじめに働いてきたのに、幸せではありません。この日も兄はセッセと畑仕事に精を出して、一日の労働を終えて家に近づいてみると、音楽や踊りの音が聞こえてきた。いやな予感がしたのでしょうか?もしかして、あの弟が、食うに困って帰ってきたんじゃないだろうな?と。兄は家に入らず、しもべを呼んで尋ね、弟が無事に帰ったから、そのお祝いをしているのだと聞くと、やっぱりそうか!とキレました。怒って、家に入ろうともしないので、父のほうから出てきて、なだめました。父は弟のためにも、兄のためにも、外に出てきました。

兄は言いました。「ご覧なさい。これこの通り、私は今日も、これまでも長年、お父さんにまじめに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って子ヤギ一匹―牛より数段、価値が劣る子ヤギ一匹さえー下さったことがないじゃないですか。それなのに、遊女に溺れてあなたの身代を食いつぶして帰ってきた、あのろくでなしのあなたの息子のためには、最上の肥えた牛をほふらせたのですか。」この兄の気持ちも、わからないではありません。自分はまじめに働いて、我慢して我慢してがんばってやってきたのに、好き放題やって来た弟にあんないい目を見させるなんて。自分が損した気分になる。納得がいかない。確かに、報いという点から見れば理屈に合わないでしょう。

そんな兄に、父はやさしく諭します。まず、おまえはいつも私と一緒にいて、私のものは、全部おまえのものではないか、お前が好きに使っていいのだと。すでに財産を分け与えていたので、兄の分け前は兄の自由になるはずですが、まじめな兄は、父が生きている間にそんなことはできないと思っていたのでしょうか。友達と楽しむために子ヤギ一匹、ほふることさえ、父に文句を言われると思っていたのでしょうか。父の方は、自由に使っていいと思っているのに。彼は、自分で自分の心を閉ざしていたようです。それこそ、まるで雇い人のように。そういう意味では、兄も父に対して死んだ状態だったのかもしれません。

そして、あんな弟のためになぜ、こんな大盤振る舞いをするのかと言えば、それは、弟がしてきたことに対する報酬ではなくて、死んでいた彼が生き返ったこと、失われていた愛する息子を取り戻したことを喜び祝っているのだということです。そして父は、それが当然のことだと言うのです。人は、あんなやつは、どこかでのたれ死にして当然と言うかもしれません。しかし父は、生きて帰ってきてくれたのを喜び祝うのが当然と言います。

喜ぶのが当然…。こんな落ちぶれた姿になってもですか?そう、生きて帰ってきたのだから、喜ぶのが当然。さんざんあなたの愛に背き、自分の欲の赴くまま、罪に罪を重ね、汚れに汚れを増してきたのに、そんな者でも、ですか?そう、どんな状態になっても、生きて帰ってきたのだから、喜ぶのが当然。なぜなら、父は彼を愛しているからです。そして、天の父なる神も、私たちに対して同じ思いでいらっしゃいます。

パリサイ人たちも、このたとえがわかったでしょうか。そして、悔い改めの心が芽生えて、神のあわれみを求めてイエス様のもとに来る罪人たちを、イエス様が喜んで迎え、受け入れ、食事まで一緒にしていたのが、どういうことだったか。そして、そんな光景に不満を持っていた自分たちが、まさしく、あの兄息子だと気づかされたでしょう。そしてそれがいかに、神の御心から、親心から、遠くかけ離れたものであったか、ということも。

ちなみに、30節で、兄は弟のことを「私の弟」と言わずに「あなたの息子」と父に向かって言いました。こんなやつは、自分の弟だと言いたくない、というのでしょうか。それに対して32節では、父は「おまえの弟」と言って、兄にとって、自分の弟ではないかと諭しています。弟との関係をも、修復させようとしているのでしょうか。イエス様も、パリサイ人たちよ、あなたたちが見下している、あの取税人、罪人たちは、あなたの愛するべき兄弟たちではないか、と暗に諭しておられるのでしょう。

「 『帰れわが子よ 帰れわが子』と 」新聖歌88番

弟息子は父から遠く離れたところに行きました。それは心が父から遠く離れていたことの表われでもありました。私たちも、実際には放蕩していなくても、神から遠く離れて、自分の欲に従って生きてきたなら、それはこの弟息子の姿と重なります。そして、天の神は、その一人でも神に立ち返ることを願っておられます。神のもとに立ち返るならば、汚れや恥を覆ってくれる衣、キリストの義の衣を着せてくださいます。神の家族の一員として迎えられ、神の子どもとして認められます。奴隷ではなく、自由な神の子どもとして受け入れてもらえます。そして神がそのことを大喜びしてくださいます。