礼拝説教要旨(2021.8.1)
クリスチャンの復活の望み
(創世記50:1-14) 横田俊樹師 
<あらすじ> 
 すぐ前の49章33節「ヤコブは子らに命じ終わると、足を床の中にいれ、息絶えて、自分の民に加えられた。」
以前、神が「ヨセフがヤコブの目を閉じる」と言われた約束はその通りになりました。
苦労ばかりの生涯を送ってきたヤコブでしたが、最後の十数年間はヨセフのおかげで幸せな、平和な日々を送ることができて、最後には最愛のヨセフをはじめ、12人の息子たちが見守る中、足を床の中に入れて、まるで「おやすみ」とでも言いそうな穏やかな顔をして、まさしく眠るがごとく、地上の生涯を閉じました。
享年147年の静かな大往生でした。

これだけ長生きをして、最後は苦しまずに、静かに召されたのなら、まあ、幸せな召され方だった、と残されたほうは自分を納得させようとするものでしょうが、しかし、ヨセフにとっては、覚悟はしていたとはいえ、いつかはこのときが来るとわかっていたとはいえ、実際にそのときが来ると、悲しみは深かったようです。
最愛の息子ヨセフはもっと一緒にいてほしかったとでもいわんばかりに、なきがらにすがって泣きました。
ヨセフという人は、よく泣く人です。

 しばらく父のなきがらに取りすがって悲しみを注ぎ出したヨセフはですが、やがて気を取り直して、今度はなきがらをミイラにするよう、自分のしもべである医師たちに命じます。
お国柄、エジプトでは、お葬式はミイラにして行われていたようです。
身分階級によって工程数や値段には違いがあり、身分が高い王族などは念入りに処置されましたが、庶民などは安価で簡素な処置で済まされる事もあったそうです。
今日の日本では、棺桶に極上、特上、上などと差をつけることが行われています。
焼き方に違いがあるわけではありません。
棺桶の飾りの違いだけです。

見栄っ張りは、無駄なお金を使わされることになります。
エジプトのミイラは、オシリス(冥界の神で,死と復活をつかさどる)崇拝と密接に結び付いていたとされます。
彼らは、身体を離れた魂が、いつか再び、身体に戻ってくるときに、身体がないと復活できないということで、身体を保存する方法を考え出したのでした。
しかし、ヨセフの場合は、そのようなエジプト宗教とは全く関係なく、ただ実用的な目的のためだったでしょう。

ヤコブのなきがらをはるばるカナンの地にまで運ぶため、腐敗を防ぐ必要があったからです。
現代でしたら、焼いてお骨にしてカナンに運び、そこのお墓に納めるという段取りになるでしょうが、当時のエジプトではこうしてミイラにして防腐処置をして運ぶということにならざるを得ず、そのため、自分のしもべである医者たちにミイラにするよう命じたのでした。

 ちなみに、少々グロテスクですが、ミイラの作り方の一例をご紹介しますと、まず鼻から脳を掻き出し、それから内臓も取り除いて、代わりに防腐剤となる薬や香料を詰め込みます。
それから全身を自然ソーダにつけて40日から70日放置して乾燥させる。
その後、化粧や飾りをつけて外見を整えた後、樹脂を浸したリネンの包帯を巻きつける。
これで、包帯でグルグル巻になったミイラ男の一丁上がりとなります。
ちなみに、庶民はもっと簡単で安上がりな方法だったようです。
それにしても、ずいぶんと手の込んだことをしたものだな、と思いますが、実はこれも、やがて、魂が再びなきがらに戻ってきて復活するようにという信仰の現れのようです。
死を忌み、恐れ、永遠のいのちに対する強い渇望がうかがわれるようで、あわれでもあります。

神様は、キリストを信じる者は誰でも、キリストを信じるその信仰だけで、大人も子供も男も女も金持ちも貧乏人もどこの誰べえでも、みな救われ、復活に与かれるというのですから、私のような庶民の出のものにはありがたいことでした。
やっぱりイエス様、ありがとうございます、と感謝の声が上がります。

 さて、それと同時進行で、ヤコブのためには70日間にわたる喪の期間がもたれました。
当時の記録によると、パロの喪が72日間でしたから,ヤコブの喪はパロにわずかに短いだけということになります。
ヨセフがいかに重んじられていたかがうかがわれます。
喪が明けると、ヨセフは、父の遺言を忠実に実行するべく、パロに願い出ます。
その際、人を介してパロに伝えたというのは、喪の期間、髪・髭を延ばしていたため、パロの前に出るのを憚ったか。
あるいは、喪中の人間が直接、パロに会うことは避けたのか。
そしてパロには、必ず帰って来るから、と申し添えます。

パロとすれば、ヨセフが故郷で里心がついて、そっちに落ち着いてしまわないかとの心配もあったのでしょうか。
それで、人質ではありませんが、ヨセフがちゃんと帰って来ることの証しとして、ヤコブの孫にあたる者たちと家畜はエジプトに残していきました(8節)。
パロに言われなくても、無用な疑いを招かないよう、自分からそんなつもりはありません、ということを示したのでしょう。

こうしてヤコブのなきがらは、望み通りカナンの地へ運ばれ、そしてヤコブが望んでもいなかったような荘厳な、仰々しい、国葬なみの葬儀となりました。
大名行列よろしく、エジプトの高位高官たちがゾロゾロと長蛇の列をなして、はるばるカナンくんだりまで来て、ヤコブの葬儀に参列しました。
そこで七日間にわたる葬儀を行なったと言います。

ヨルダンの向こうというと、通常はヨルダン川の東側です。
この荘厳な葬儀は、ヨルダン川をはさんで対岸にいるカナン人たちの目を引き、語り草になりました。
ゴレン・ハアタデ(「アタデの打ち場」の意)という地名に、アベル・ミツライム(エジプトの牧場、またはエジプトの喪の意)という別名をつけられて、のちのちまで覚えられたのでした。

ヤコブもヨセフも、彼ら自身はこんな大掛かりな葬儀を望んだわけではなかったでしょう。
アブラハム、イサクのように、普通に葬ってくれれば、ただ神の約束の地に葬ってもらえれば、それで十分でした。
ただパロの意向で、こうなったのでした。
結果的に、それは証しになったのかもしれません。
エジプトの威光を示した荘厳な葬儀は、地元の人たちの目を引き、人々の口に上るようになったことで、そういえば、彼らの父イサクも祖父アブラハムも、いと高き神を礼拝する人たちだったが、彼らはここにいた時も、神がともにおられるとわかる生活をしていたというが、彼らの神は、その子ヨセフを、あの大国エジプトの宰相にまでしたのか、と語り草になったでしょう。

アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神は、偉大なり、と。
そしてマクペラのほら穴が、彼らの墓であることが、人々の記憶に強烈に刻まれることになったでしょう。
400年ほどのちに、イスラエルの民が戻ってくるまで、その墓を荒らしたり、横取りしたりする不届き者はいなかったのではないでしょうか。
彼らの背後にあるエジプトの威光が、彼らの墓地を守ることになったのかもしれません。

そうして七日間に及ぶ葬儀を終えてから、一行はヨルダン川を渡ってカナンの地に入り、かつてアブラハムが買っておいた墓地、マクペラの畑地のほら穴にヤコブのなきがらを納めました。
孝行息子ヨセフは、亡き父ヤコブとの約束を立派に果たしました。
それは愛するヤコブとの約束であると同時に、神の御前で誓ったことでもありました。
神の前で誓ったということは、神が保証人となっておられるということです。
その義務を、ヨセフはこうして立派に果たしたのでした。

そして、すべてをなし終えて、一行はエジプトに戻ります。
懐かしいカナンの景色に別れを告げます。
今はいったん、エジプトに戻らなければならない。
エジプトでなすべきことがある。
まだその時ではない。
しかし、いつか再び、この地に戻ってくる。
神が与えたもう約束の地に…。
そんな思いを抱いて、帰路に就いたでしょう。

さらには、父のなきがらに口づけするヨセフ。
いかに、父ヤコブを慕っていたか、伺われて、胸を打たれます。
と同時に、どんなに愛するものをも容赦なく奪い取ってしまう死というものに対する憤りも覚えます。
イエス様も、愛するラザロの死に直面した時に、憤りを覚えつつ、涙を流されました(ヨハネ11:35、p202)。
愛する人の死を前にして、激しく魂をゆすぶられるのは決して女々しいことではありません。
小林一茶は、父親を失った前後三十日余りを綴った「父の終焉日記」というものを残していますが、その中で、徹夜の看病もむなしく、ついに明け方、父親が息を引き取った時のことを振り返ってこうしたためています。
「ああ、あわれ、むなしきかばねにとりつき、夢ならばさめよかし、夢にせよ、うつつにもせよ、闇に灯火を失える心地して、世に頼みなきあけぼのなりけり。」
一茶もやはり父親のなきがらに取りすがって、泣き伏していました。

人の死と言うのは、機械が燃料が切れて止まるように、自然の成りゆきで活動が停止するだけだとか、太陽が東から上って西に沈むがごとく、人が生まれまた死んでいくのも、自然・当然のことで、何も異常なことが起こったように嘆くこともない、などと理屈をこねる思想家は古今東西いるようですが、理屈はどうあれ、愛する人を死によって奪い去られることが、魂を揺り動かさずにはいない深い悲しみであり、激しい嘆きである事は古今東西、未来永劫変わらないでしょう。

愛する人の死という現実は、とうてい自然なことと取り澄ましていられることではなく、どこの民族部族であろうとも、人類普遍の最大の悲しみ嘆きであります。
死という現象を生物学的に知っている学者さんも、その意味を論じる思想家も、実際にみじかな愛する人を失ったら、深く嘆かずにはいられないでしょう。

 そう思うと、つくづく、私たちに永遠の命を差し出しておられる神の御子イエス様を信じるようにさせていただいたことを、ありがたい、と思います。
言葉もないほどありがたい、と感謝の思いでいっぱいになります。
幸いにも、キリストを信じる信仰をいただいている私たちクリスチャンの場合、また一緒に復活の命に与かって、ともに神様の御前に立たせていただけるという希望があります。
もちろん、みじかな人を地上から失うことは、悲しいことは悲しいのですけれども、しかし、最後の砦がまだ残っているのです。
一巻の終わりではないのです。
続きがあるのです。

イエス様は、私たちに、この地上のほかにもう一つ、そういう場をお作りになっておられて、備えておられる。
すなわち天の御国を備えておられて、キリストのあがないに与からせて頂いた者たちがみな、再びそこでいっしょになって、エデンの園にいたアダムとエバ以上の、神様との交わりにあずからせて頂ける。そう神様は聖書において約束しておられるのです。
キリストのゆえにです。
キリストの十字架のゆえに。
イエス・キリストが、事実永遠の命を私たち一人一人に注いでくださったから、私たちクリスチャンにとって、愛する人を失うことは、悲しみ一色のままでは終わらないで済むのです。
悲しいことは悲しいし、しばらくは嘆き悲しみ沈むとしても、しかしやがてまた復活の希望に立ち返ることができるのです。
イエス様がその涙を拭い取ってくださるのです。
ともかく、そんなわけで、私たちクリスチャンにとっては愛する人、おとうさん、おかあさん、おじいちゃん、おばあちゃん、夫・妻といった親しい人たちが、みなイエス様を信じてくれて、永遠の命に与かってくれるようにと、それはそれは日々、切実に祈らされる次第なのです。

秦の始皇帝

あるわけないと思っているから、信じないだけ。
もし本当に確実に復活、永遠のいのちがあるとわかったら、―薬の効果が検証されて、承認されるようにーほとんどの人がどんなことをしても欲しいと思うだろう。
買うだろう。
奪い取るだろう。
手に入れようとするだろう。
ということは、本音は、本当の所は、欲しいと思っている。
当たり前。
ただ、ないと思っているから、信じないだけで。
しかし私たちは、神はうそをつかないことを知っている。
神の言葉は、真実。だから。