創世記第5章は御覧の通り、アダムからノアにいたる一本の系図となります。
聖書には、意外と、この手の系図があちこちに出てきます。
創世記にもこの後、何回か出てきますし、歴代誌の第一と言うところにはめくってもめくっても人の名前の羅列が目に飛びこんで来て、なんと1章から9章まで長々と系図が続いている所まであります。
初めて聖書を読んだ人であそこを一人も飛ばさずに読んだ人がいたら、お目に掛かりたいものだと思います。
それから有名なところではマタイの福音書の第1章がなんとも無味乾燥なイエス・キリストの系図で始まり、これがまた初めて新約聖書を手にした方はいきなり読む気をそがれるような、なんとも無愛想な書き出しです。
私も初めはそういうところは飛ばして読んでいたものですが、やがて、じっくりとこういった系図とにらめっこして、あれこれと調べて参りますと、意外な真理を発見してアッと驚きの声を挙げることがあります。
それは、地中深く隠されていた宝を発見した驚きと喜びにたとえられるかも知れません。
今日はひとつ、まるで推理小説の暗号か何かを解読する名探偵にでもなったつもりで、ここにどんなメッセージが隠されているのか、ごいっしょに探り当てる事ができたら、と思います。
(寿命の長さについて)
さて、この系図は、アダムからノアに至るまでの、10代にわたる系図が記されています。
ざっと読んで目につく事がいくつかあります。
まず年齢が、ほぼ900歳代。
一見荒唐無稽に見えます。
だから聖書は、おとぎ話か、神話の類だと言われそうです。
ですがよく見てみると、創作にしては、年齢が1の位までキチンと記されています。
また古代メソポタミヤ神話では、大洪水前に8人の王が統治していたが、その統治期間は最も長いものが4万3200年、もっとも短いものでも1万8600年と途方もない数字になっているそうです。
それに比べたら、聖書のこの数字はかなり控えめな数字です。
さらにノアの時代の大洪水をはさんで11章にも系図があるのですが、そちらでは、人の寿命が600、500,400と先細り、最後に記されているテラというアブラハムの父親にあたる人ですが、その人は205歳になっています。
さらに下ってアブラハムは175歳、モーセは120歳、ヨシュアは110歳となって、現代に近くなっていきます。
地球規模で起った大洪水により環境が激変した事も、人間の寿命に大きな影響をもたらしたかもしれません。
私自身はこの寿命の数字は、何かの象徴とかではなく、そのまま事実の記録として受け取っています。
(神とともに歩んだエノク)
それから、ここの系図を一読して目に付くのは、「だれそれは、何年生きて、だれそれを生んで、そして何年で死んだ。
」と判で押したように繰り返されている事でしょう。
改めて、人は神に背いて罪ある者となってからというもの、
死すべき者となってしまった、という重苦しい現実を突きつけられるようです。
神の民とは言っても、肉体的には死を経験するわけです。
魂は死んですぐに神様の元に挙げられるのですけれども、肉体的には死は避けられない
死んだ、死んだ、死んだ、と繰り返すこの系図は、まるで、人は死ぬために生まれてくるようなものではないか、と溜め息が出てきそうです。
こういう風に書いているのは、この創世記5章の系図だけです。
ほかの系図は、こうは書かれていません。
どうしてかな?と思って改めて見てみると、ただ一人だけ、「死んだ」と書かれていない人がいました。
エノクです。
このエノクだけは「死んだ」という言葉で閉じられず、神が彼を取られたので、彼は居なくなった、と書かれてあります。
エノクは、死を経ずして、天に上げられたのでしょう。
そのことを際立たせるために、周りをみんな「死んだ」という言葉で塗りつぶしているのかもしれません。
そしてその秘訣は、彼が神と共に歩んだ、と言うこれ又、エノクについてだけ、
書き記されている説明文にあるのでした。
数えてみますと、エノクはアダム、セツ、エノシュ、ケナン、マハラルエル、エレデ、エノクと来て、丁度7代目となります。
7と言うのは、聖書では完全数でして、この場合、アダム、セツと続く神の民に注がれる救いの恵みの一つのクライマックスがここに現われていると見ることができます。
つまり、神の民は、最終的には、神と共に歩み、死を克服するものとなる、と言う、
神様の救いがここで啓示されているのです。
確かに、その通りに、イエス・キリストは、「神は私達と共におられる」と言う意味の
「インマヌエル」と言う呼び名でも預言されていました。
そしてキリストは、信じるすべての人を死のくびきから解放してくださるお方です。
罪のもたらす報いである死を取り除いてくださるお方です。
では、エノクその人はどういう人だったのでしょう。
こんな特別な恵みに与るなんて、どこかの山にでもこもって、修道僧のような禁欲的な生活でもして、断食でもしていたのか?と思いきや、そういうわけでもないようです。
22節を読んでみると「エノクはメトシェラを生んで後、三百年、神とともに歩んだ。
そして、息子、娘たちを生んだ。
」と書いてあるように、エノクも結婚して、息子娘達をもうけて家庭を築き、
普通の生活をしていたのです。
子育ての喜びも苦労も経験していたのです。
エノクといえども、罪がなかったわけではありません。
アダムの堕落以降、罪がないのはイエス様だけです。
エノクだって完全な人だったわけではない。
そんなエノクが、三百年もの間、神様とともに歩み続ける事ができたというのは、
そこに罪の赦しがあったからでしょう。
心から悔い改めたならば、罪を赦してくださる御方、罪を購ってくださる御方を信じて、
初めて神様と共に歩み続けることができるのではないでしょうか。
過ちや罪を犯したら、素直に認めて神様の御前に告白し、そしてキリストにあって
罪の赦しを信じつつ、そして赦された喜びをもって、また感謝の心をもって、
愛する神様と共に歩む心を定める。
それが神様とともに歩むという事だと思います。
キリストの犠牲を思い、赦されている経験をすると、喜びと感謝の気持ちが自然と心に湧き上がってくるものでしょう。
そうして神様を愛するように、お慕いするように、私たちの心が変えられていく
のでしょう。
そういう心の深まりが大切だと思います。
アモス書の3:3というところに、おもしろい聖句があります。
「ふたりの者は、仲がよくないのに、いっしょに歩くだろうか。」という聖句です。
一緒に歩くというのは、仲の良い者同士がする事。
主なる神様と私たちの間もそうです。
主は私たちを愛しておられます。
私たちの方も、主をお慕いする心、主を愛する心、そういうものがはぐくまれてこそ、本当に幸いな、
神様とともに歩むという生活が可能なんだろうと思います。
そうでないと、ただ戒めを守って、破ったら悔い改めて、とルールを守るだけになってしまったら、
心が主なる神様と親密になっていなかったら、どれだけ熱心に、それこそ修道僧のように厳しい戒律に励んでも、心は神様から遠く離れたままということになるのでしょう。
よく言われることですが、キリスト教は、戒律を守ることではなくて、生きておられる神様、イエス様との関係を大切にし、喜ぶことです。
「二人の者は、仲がよくないのに、一緒に歩くだろうか」主を愛する心を増し加えられますよう、祈らされます。
<エノクだけでない。信仰の勇者たち。>
最後に、この系図について、16世紀の宗教改革者カルヴァンは「この時代、純粋な神礼拝は、奇跡的に、ただこの一つの家系だけに保たれていた。
真の礼拝者はほんの僅かであって、他の子孫達はみな堕落し、腐敗していた。
世は不敬虔に満ち、真の宗教はまさに滅びようとしていた。
」と言っています。
勿論最初は、他にも神様を礼拝する者たち、主の御名を呼び求める者たちが
いたでしょう。
しかしそれはだんだん少なくなっていって、ついにこの系図の最後、ノアの時代には、
ノアの家族だけになってしまっていました。
それは次の6章以降、ノアの時代の大洪水の時に、救われたのはノアの家族ただひと家族だけだった事から、わかります。
当時、前回、4章で見ましたレメクのように、神に逆らい、神を押しのけて、己のほしいままに暴虐を振るう、
不敬虔な者たちが、世に満ちていました。
しかもそんな彼らが、この世的には栄え、繁栄していたのです。
当時は法治国家でもなく、無法地帯。
力がすべてという恐ろしい時代。
弱い者を力で虐げても、ほしいものを奪っても、裁かれない。
それを見て、ほとんどの人がレメク風の生き方に右ならえしたのは、想像に難くないでしょう。
こうなると弱肉強食の獣の世界です。
中には、不本意ながら、そんな世の中で生きていき、家族を守るためには、自分もそうならざるを得ない、と言う人たちもいたのかもしれません。
狼の中では、吠えねばならぬ、ということわざが、カルヴァンの時代、あったそうです。
嫌なことわざです。
そんな中で、そんな世の流れに、激しく強い流れに流されず、正しく裁かれる方を恐れる心を持ち、信仰にとどまり続けた少数の人たち。
その中に、アダムからノアに至るこの一筋の系図に記されている人たちがいたのです。
そんな信仰者の家系が一筋、そんな世にあって途絶えることなく続いたというのは、これは、守ってくださる神様の恵みがあってこそ、です。
それはあたかも、どぶ川の流れに、奇跡的に一筋の清らかな清流が、他と混じり合うことなく、流れ続けているようなものです。
どぶ川に、奇麗な水を流してもすぐに汚くなってしまいますが、それがいつ迄も混じり合わないで、奇麗なまま、一筋の流れとして流れ続ける。
それ位の奇跡と言ってもいいでしょう。
そんな当時の背景を思いながら、この系図を見ていると、神礼拝の信仰を次の世代へと伝えていった彼らは、ここに名前を挙げられるのみですが、これらの人々は信仰の勇士だったように思われてきます。
もちろん、彼らが信仰に留まることができたのはすべて神様の特別な恵みによることですが、しかし、神様の恵みによって信仰が守られると言うことは、何も信仰者が苦しまなくて良い、と言うことではありません。
神様の特別な恵みによって支えられると言うことは、この地上で信仰者が生きて行くときに、戦いがない、と言うことを意味してはいません。
これらの人々も、迫害や試練の中を、神様の恵みによって信仰の戦いを戦い抜いた人々でした。
29節に記されているレメクの告白がそのことをあかししています。
これは4章に出てきたカインの子孫のレメクとは別人です。
「主がこの地を呪われたゆえに、私達は働き、この手で苦労しているが、
この私達に、この子は慰めを与えてくれるだろう。」
先ほどのカルヴァンによると、「これは、単に地を耕す労働の労苦ではなく、
不敬虔な人々の中で、働いて、糧を得ていかなければならない信仰者の嘆きである」
と言っています。
戦いや試練がないのではなくて、それらの中で、支え、守り、勝利を得させるのが、
神様の恵みです。
ですから、彼らは、その神様の恵みによってそれぞれに与えられた時代に置ける責任を
果たして、世を去っていった信仰の勇者だったと言って良いでしょう。
そう思うと、ここに出てくる一人一人の名前は、まるで、信仰の馳せ場を走り抜き、
戦い抜いた人々が、表彰台に登って一人一人名前を読み上げられるように
読まれるべきだったのではないか、などと言うことにも気付かされてきます。
信仰の戦いを戦い抜き、走り抜いた勇士達として、一人一人、その栄誉を称えながら、アダム、セツ、エノシュ、ケナン、マハラルエル、エレデ、と、その名を呼ぶべきだったのではないかと思わされます。
そういえば、新約聖書では、使徒パウロも言っていました。
第二テモテ4:6-8
4:6 私は今や注ぎの供え物となります。
私が世を去る時はすでに来ました。
4:7 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。
4:8 今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。
かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。
私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。
これら信仰のマラソンの道程を見事完走した人々とともに、私達も神の国の表彰台に登って名前を呼ばれるものでなければ、と思います。
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