飼葉おけのみどりごは神が人となって世に来られた方、真の救い主キリストであった。この救い主の所に最初に行き着いたのは野原の羊飼いたちであった。彼らは、「さあ、ベツレヘムに行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見て来よう」と出掛けた人たちである。その後、イエスのもとに来て拝したのは博士たちであるが、恐らくそれ以前に起こった出来事、それがこのエルサレムの宮でのシメオンとアンナとの出会いである。
1、幼子イエスの誕生は、神が人となられたこと、聖い神が罪人の一人となられたことである。高きにおられた方が低きに下りて来られたのであり、最も貧しく、卑しい姿となられたことである。幼子は当時の人々と同じように八日目に割礼を施され、「イエス」と名づけられた。特別扱いなしに、人としての生涯を歩み始めておられた。
母マリヤは男子出産のきよめの期間を守り、その期間が満ちたとき、マリヤとヨセフは清めのいけにえをささげるため、そして幼子を主にささげるため宮に上ることになった。罪なくして生まれておられたにも拘らず、罪人と等しく律法の定めを守られた。しかも、本当に貧しい者として、両親は「山ばと一つがい、または、家ばとのひな二羽」を犠牲としてささげようとしたのである。
(22〜24節 参照レビ12:6〜8)
主イエスは、聖霊によって母マリヤの胎に宿り、罪のない方として世に来られたが、罪ある者の姿をとり、罪人の一人として数えられるように歩まれた。胎に宿ったときから、全ての人がそうであるように、その命は危険にさらされていた。またマリヤとヨセフには生活の苦労が付きまとっていたと想像できる。誕生の光景、そして宮でのささげものの様子は、救い主がこの世の貧しさや痛みを身をもって味わっておられたことをが示しているのである。
2、罪人の一人として歩まれる罪からの救い主、すなわち罪人の只中にあって罪人と共に歩まれる方をキリスト、メシヤとして理解するのは、当時の人々には難しいことであった。この世で力ある王を求め、ローマに対抗して国を興す者を待ち望んでいたからである。そのような人々は、幼子のイエスが宮に来られても何の注意も払わず、関心も示さず、側を通り過ぎるだけであった。
しかしそのとき、そこにいたシメオンは御霊に感じて宮に入り、イエスに出会った。彼は幼子イエスを抱いて、神をほめたたえた。「主よ。今こそあなたは、あなたのしもべを、みことばどおり、安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。・・・・」(25〜35節)彼は聖霊によって「主のキリストを見るまでは、決して死なない」と告げられていた、真実にイスラエルが慰められることを待ち望んでいた人物であった。
彼はすでに老年になっており、肉の目はかすんでいたかもしれず、また耳も遠くなっていたかもしれなかった。けれども、聖霊の語り掛けを聞き逃すことなく、心の目ははっきりと開かれていた。彼は万民に備えられた「御救い」をこの幼子に「見た」と神をほめたたえた。主を待ち望む彼の信仰は、この日キリストを見たことによって、もはや思い残すことのない満足を与えられた。救い主イエスにお会いすることは、全ての人にとって「御救い」に与ることであって、年老いた人にとっては「今こそ・・・・安らかに去らせてくださいます」と言い得る幸いなことなのである。
3、この日、エルサレムの宮には他にも大勢の人がいたであろう。シメオンの賛美の声は周りの人々に届いたに違いなかった。彼がマリヤとヨセフに語る言葉も弾んでいたであろう。けれども、シメオンに次いで幼子に「御救い」を見たのは年老いた女預言者アンナであった。彼女はシメオンと共にそこに居合わせ、待ち望んでいた「エルサレムの贖い」はこの幼子イエスによってもたらされると心からの喜びに包まれた。そしてその喜びを、さっそく真実に主を待ち望む全ての人々に語り伝えたのであった。(35〜38節)
彼女の人生は人の目には留まらない地味なもの、苦労ばかりが思い出されるものであった。「八十四歳になっていた」とは、「やもめになって八十四年になる」とも訳すことが出来、その場合彼女は百歳以上と考えられる。彼女はやもめになってから、ひたすら「宮を離れず、夜も昼も、断食と祈りをもって神に仕えていた」のである。職業として宮で仕えたのではなく、断食と祈り、すなわち神礼拝こそが自分の最高の喜びとして、宮を離れず神に仕えた、そのような人物であった。主はそのような彼女もに「御救い」を見させてくださったのである。
<結び> 救い主を世に遣わされた神は、「御救い」を二人の老聖徒に見せておられた。多くの人々が幼子イエスの側を通り過ぎて行く中で、この二人と共に、エルサレムの贖いを待ち望んでいた人々が幼子のことを聞くことが出来た。幼子に神の救いを見る心、柔和で穏やかな心で神の導きに聞き従う人々、神が成して下さる救いを待ち望む人々こそ幸いな人々であると、この出来事は教えている。
またこの出来事は、年老いてもなお心柔らかく神に仕え、神を仰ぐことが出来ること、そのように生きることの幸いを教えてくれる。加齢とともに心が頑なになるのは、残念ながら世の常である。しかし、主を待ち望む者は加齢とともに、ますます心柔らかくされることを期待してよいのである。シメオンは幾つになっても、聖霊の導きに心を開いて生きていた。自分の考えで頑なになるのではなく、主の語り掛けに耳を傾け、心の目を開いて物事を見極めようといていたのであろう。「主のキリストを見るまでは、決して死なない」とのお告げを受けていたとは、彼自身が「御救い」の必要を知っていた、認めていたことを意味している。自分は神によって救われるべき者と。
幼子イエスによって救われるべき自分を、私たちも改めて認識し、なお深く主の前に悔い砕かれた心で立つ者としていただきたい。十字架の主を仰ぎ見るのと同じであるが、しかし、飼葉おけのみどりご、また幼子イエスを拝するのは、少し違った心で主を仰ぐことになるのではないだろうか。砕かれた悔いた心、そして柔らかくされた穏やかな心こそ、幼子イエスの前にふさわしいと。
(イザヤ57:15、66:2、詩篇51:17) |
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