21章の5-36節は「終わりの時」について、イエス様が語られたところです。構成は5-24節がエルサレムの終わりについて、25-36節が世の終わりについてです。今日はその前半、エルサレムの終わりについてを見ます。エルサレムは紀元70年にローマ軍によって滅ぼされましたが、そのときのことです。
5-6節。当時のエルサレム神殿は世界中に知られるほど、それは壮大で麗しいものだったと言います。長さ13m、重さ数百トンの巨大な切り石が積み上げられ、立派な大理石の柱が並び、本殿の正面には厚い金箔で装飾が施されて、朝日を浴びるとまぶしくて直視できなかったと言います。「奉納物」としては、純金製の大きなぶどうの木が有名で、その房は人間の背たけほどもあったと言います。神殿は民族の誇りにもなっていたでしょう。
しかし、その外観の立派さとは裏腹に、彼らの宗教は堕落腐敗しきっていたことは、これまで見てきた通りです。前回見たところでも、うわべだけをきれいに飾りながら、その心は強欲で弱い立場の人を食い物にしていた律法学者たちの実態がイエス様によって明かされていました。生きておられる神に背を向け、逆らい、悔い改めを呼びかける声にも耳をふさいで、ひたすら罪の道を突き進む彼らに、ついに神の裁きがくだります。どんなにキンピカの金だの立派な大理石だので造っても、肝心の神を愛し、神を敬う心がない宗教儀式しか行われない神殿など、神の御目には何の価値もありません。それどころか、彼らが強盗の巣としていた神殿など、忌まわしいだけです。イエス様は、人々が目を見張る、この立派な神殿の石がすべて崩されて、完全に荒廃することを告げられました。
弟子たちはこれを聞いて、それはいつのことか、どんな予兆があるか、尋ねました。7-9節。イエス様の注意は二つあって、「惑わされるな」ということと「恐れるな」ということ。偽キリスト、偽預言者の類いが大勢現れるが、それらに惑わされるな。ついて行くな。これに関連して、歴史家ヨセフスが悲惨な記録を残しています。エルサレム神殿がローマ軍に滅ぼされる時に、一人の偽預言者が人々に向かって、「神が神殿に上るよう命じておられる。そこに行けば神の救いのしるし(奇跡)を見ることになる」と告げました。不安と恐れでいっぱいだった民衆は藁にもすがる思いでこれを信じ、多くの女性や子どもを含む約6千人の群衆が、神殿の外庭の柱廊の屋根の上へと避難しました。平屋根で人が集まることができるようになっていたそうです。人々はそこに集まって、偽預言者の言葉にすがって、神の救いを期待して祈り、叫んだでしょう。しかし、ローマ軍はこの柱に火を放ちました。それで、そこに逃げていた人々は全滅しました。後で見ますが、イエス様は逆のことを仰っていました。都に入るな、山に逃げなさいと。このとき、このイエス様の言葉を信じていたクリスチャンたちは山に逃げて助かったそうです。「偽キリスト、偽預言者に惑わされるな。」
ちなみにおまけですが、ヨセフスにはこんなことも書かれているそうです。エルサレム滅亡の数年前、イエス・ベン・アナニアという農夫が夜昼問わず「エルサレムに災いあれ!…この民と神殿に災いあれ!」と叫び続けたともあります。人々から鞭打たれても悔い改めを迫る声を止めず、ローマ軍の投石に当たって死ぬまで「この民と神殿に災いあれ」と叫び続けたそうです。こっちが本当の預言者だったということでしょうか。
もう一つは戦争や暴動のことを聞いても、「恐れるな」。なぜか。それらは必ず起こることだが、それで終わりはすぐには来ないから。つまり、戦争のことを聞くというのはいつの時代にもあって、終わりが近いことのしるしにはならないということ。イエス様の時代にも、各地での暴動や戦いはありましたが、エルサレム神殿崩壊までまだ40年弱ありました。
続いて10-11節。政情不安に加えて、自然災害、疫病、それに恐ろしい光景や天からの大きなしるしが現れる。最後の2つについて、ヨセフス自身、「信じられないだろうけれども、本当のことだ」と断って、神殿が滅ぼされる前に次のようなことが起こったと記しています。エルサレムの上空に、剣のような形をした星(あるいは大彗星)が1年間にわたって現れ続けた/ある日の日没前、ユダヤ全土の上空の雲の中に、無数の戦車や武装した兵士の群れが町を取り囲むように現れた。/五旬節(ペンテコステ)の夜、神殿で奉仕していた祭司たちが地鳴りと大きな騒音を聞き、続いて「ここから去ろう」という大勢の声を聞いた、等々…。偽預言者らは、例によって、これらを「良いしるし」と言って民を惑わしたそうですが、知恵ある人たちは神殿が敵の手に渡る前兆として正しく理解したとも述べています。
しかしそれらのしるしが起こる前に、イエス様は弟子たちに迫害に対する心備えを促します。12-15節。使徒の働きを読むと、この通り、ユダヤ当局から迫害され、投獄され、裁判にかけられながらも、かえってそこでペテロたちが聖霊に満たされて、祭司長、律法学者たちに向って堂々と、あなたがたが十字架につけた、あのイエス様がキリスト(救い主)だと証していました。律法の専門家である彼らに対して、人間的には無学なペテロでしたがそのようにできたのは、聖霊に満たされていたからです。のちにパウロも捕らえられて、ヘロデ・アグリッパという王や、フェリクス総督、フェスト総督たちの前でキリストを証しました。イエス様のことばの通りです。迫害はイエス様を証しする機会となる。後に、聖霊に満たされた使徒たちにとっては、確かにそのようになりました。
続いて16-19節。身近な人たちから受ける苦難です。特にユダヤ社会においてイエス様をキリストと信じ、告白することは、家族から縁を切られ、友人関係も失うことがありました。それは当時も今もだそうですが。中には殉教する人もいるとあります。確かにステパノや(使徒7:54-60)、ヨハネの兄弟ヤコブが殉教しました(使徒12:2)。とすると、18節があれれ?と引っ掛かります。「しかし、あなたがたの髪の毛一本も失われることはありません。」これは神の完全な守りを強調している表現ですが、殉教する人がいるのに?と思うところです。これは復活のときのこと、永遠の御国でのことです。この世は一時的であり、やがて復活して受け継ぐ御国は永遠です。その永遠をどういう姿で生きるのか、と言ったら、髪の毛一本も失われることはない、完全な状態で復活する。それも、今のからだの「完全な復元」ではなくて、まったく違う「栄光のからだ」に復活します。イエス様も、後に使徒たちも、今の世を突き抜けて、常に永遠の御国をしっかりと見てたと思います。今、目の前のことも大切なのですが、近視眼的になってしまわずに、常に神の御前で、永遠の視野をもって行動することも、それに劣らず大切です。両方のバランスが大事です。で、目の前の迫害で永遠の御国の特権を捨ててしまうことの決してないようにと、イエス様はこのように言われているのだと思います。たとえ、この世で肉体的には殺されても、神はあなたのことを確実に、髪の毛一本も失われることのないように、守られるのですよと。だから、「あなたがたは、忍耐することによって自分のいのちを−真のいのち、永遠のいのちを−勝ち取りなさい」。たとえ肉体的には殺されても、永遠のいのちによみがえる者でありなさい、ということです。第一ペテロ1:5-7 「あなたがたは、信仰により、神の御力によって守られており、終わりの時に現されるように用意されている救いをいただくのです。 そういうわけで、あなたがたは大いに喜んでいます。今しばらくの間、様々な試練の中で悲しまなければならないのですが、 試練で試されたあなたがたの信仰は、火で精錬されてもなお朽ちていく金よりも高価であり、イエス・キリストが現れるとき、称賛と栄光と誉れをもたらします。」
最後に20-24節。ここで弟子たちの「それが起こるときのしるしは、どのようなものですか」の質問に答えています。エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、そのときには、その(エルサレムの)滅亡が近いと悟りなさい。神聖な神の都エルサレムだから、神風が吹いて、奇跡的に守られるなどと思わずに。それはエルサレム滅亡の時が来たということだと悟りなさいと。そして、イエス様は人々に山に逃げなさいと言われました。通常、エルサレムには頑丈な城壁がありましたから、田舎の人々はその城壁の中、エルサレムへと逃げ込みます。しかしそうしてはいけないと。なぜか。それは、旧約聖書に書かれているすべてのことが成就する、報復の日々だから。報復とは、神に対するはなはだしい罪と、神が遣わした預言者たちや神に従う者たちに対してなされた迫害、悪の数々、それらに対する報いです。悔い改めることを拒み続けるなら、最後は報いを受けなければならない。しかし、以前見たところでは、イエス様は声をあげて泣きながら、「エルサレム、エルサレム」とその滅亡を嘆いておられました(19:41-44)。泣きながら、裁きを執行される神なのです。ここでは「身重の女たちと乳飲み子を持つ女たちは哀れです」と女性たちに対する哀れみの心情も吐露されます。「この地に大きな苦難があり、この民に御怒りが臨むからです」忍耐に忍耐を重ねて、悔い改めてくれることを待ち望んでいた最後の最後に、神の御怒りが注ぎ出される。それがあの神殿崩壊であり、エルサレムの滅亡でした。そして多くのユダヤ人たちはローマ軍によってあるいは剣の刃に倒れ、あるいは捕虜となって連れて行かれました。ヨセフスによると、このときの死者110万人、捕虜9万7千人でした。そしてエルサレムの地は、ユダヤ人に代わって異邦人のものとなりました。神のご計画の中で「異邦人の時」と定めておられる時が満ちるまで、その状態が続きます。
ちなみに、「都の中にいる人たちはそこから出て行きなさい」とあるが、エルサレムが軍隊に囲まれてしまってから、どうやって出て行くのか、という人がいるそうです。だから聖書は信用できないと。しかしヨセフスによると、紀元66年、ユダヤ人の反乱が勃発すると、シリア総督セスティウス・ガルス率いるローマ軍がエルサレムを包囲し、神殿の門に迫りました。降伏は時間の問題と思われました。ところがこの時、ヨセフスも「全く理由が分からない」と記した奇妙な出来事が起こります。セスティウス・ガルスは突如として包囲を解き、撤退を始めたのです。逃げるローマ軍をユダヤの熱心党が追撃して大勝利を収めました。このローマ軍の撤退とユダヤ軍の追撃によって、エルサレムの包囲が一瞬だけ解かれ、城門が開放されるという絶好の機会が生まれました。一般のユダヤ人たちが大勝利に酔いしれ、神の助けがあったと勘違いして都に留まったのに対し、イエス様の言葉を覚えていたクリスチャンたちは、これを荒廃が近づいた合図と悟りました。教会史家エウセビオスの記録によると、彼らはエルサレムを脱出してヨルダン川を渡り、デカポリス地方のペラという町へと逃れました。ここは異邦人の多い地方でローマ軍の目標には入っていなかったそうです。
「 主の真理は 荒磯の岩 」 新聖歌160番
今の世の終わりというのは、確かに聖書で言われていることですが、それに乗じて惑わすカルトや新興宗教なども出て来るので要注意。キリスト教系の異端では、イエス様が〇年△月×日に来られると、日を特定したり、イエス様がどこそこに来て救って下さるから集まれとか、言うのは100%インチキです。イエス様が再び来られるときは、イエス様ご自身もわからない、父だけがご存じと明言しておられます(マタイ24:36)。また使徒の働き1:7-8「いつとか、どんな時とかいうことは、あなたがたの知るところではありません。それは、父がご自分の権威をもって定めておられることです。あなたがたは聖霊を受けたら、イエス様の証人として地の果てまで出て行きなさい」と言われました。後の方である程度のしるしはあるから、注意していなさいとは言われていますが、それ以上に、いつとか、どんなときとか詮索して、いつ、どんなときというのを特定しようとすることはしなくていい、と。そういうのにハマって、おかしな方向に行くケースもあるようです。それからまたそのときには、二人の人が畑にいると、一人が取られ一人が残される、二人が臼を引いていると、一人が取られ一人が残される、ともイエス様は言われました(マタイ24:40-41)。どこか特別な場所に集まって、天を仰いで「主よ、来て下さい!」などとやっているときでなく、普通に生活をしているときに、その生活の場に来られるのです。私たちの方で、イエス様に忘れられないように、取り残されないように、特定の日に特定の場所に集まらなければ、置いて行かれるというのではない。イエス様の方で御使いを遣わして、私たちがどこにいようとも、私たちのところに来てくれて、イエス様のところに連れて行ってくれるのです。救って下さるのです。だから、そんなことに惑わされないで、私たちはいつでも地に足をつけて、イエス様をお迎えできるような生活をしていなさいというのが、新約の時代の終わりの時への備え方です。神を愛し、隣人を愛することを、普段の生活の中で実践することです。
そして時代がどのようになろうとも、神の守りは確かということも、もう一度覚えたい。主は私たち一人ひとりを、一人も漏らすことなく、確かな御手をもって守って下さいます。それは神ご自身のご真実にかかっています。ダビデは言いました。詩篇 91:4 「主はご自分の羽であなたをおおい あなたはその翼の下に身を避ける。主の真実は大盾また砦。」パウロは晩年に言いました。「私たちは真実でなくても、キリストは常に真実である。」(第二テモテ2:13)そして、イエス様の言葉。ヨハネ6:39-40 「わたしを遣わされた方のみこころは、わたしに与えてくださったすべての者を、わたしが一人も失うことなく、終わりの日によみがえらせることです。 わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持ち、わたしがその人を終わりの日によみがえらせることなのです。」私たちの力や頑張りにかかっているのでなく、イエス様にかかっている。イエス様が私たちを決してひとりも失うことなく、一人ひとりをよみがえらせてくださる。私たちのために、十字架にまでかかってくださったイエス様のご真実にこそ、私たちの救いがかかっていることを感謝して、賛美をおささげしたいと思います。