恵みとあわれみに富みたもう、聖なる天の父なる神さま。あなたの麗しい御名をすべてにまさってあがめ、ほめたたえます。今朝も、週の初めの日、ただキリストのゆえに、すべての罪を赦されて、汚れを洗い流されて、聖なるあなたの御前に集められ、あなたを私たちの慈しみ深い父として覚えて、礼拝をおささげできます幸いを感謝いたします。どうぞ、集う一人びとり、またそれぞれのところで礼拝を捧げるお一人びとりに霊の祝福を豊かに注ぎ、恵みで満たしてくださいますように。そして一人ひとりの内なる人を、恵みによって、また御霊によって、強めてくださいますように、お願いいたします。
今週は世界宣教週間として、福音が全世界を満たすようにと願い、祈る時を持ちます。全世界の造り主であられるお方は、すべての民族、すべての人の造り主であり、いのちを与え、慈しんでおられます。そしてあなたを知らないまま、この世がすべてであるかのように思い、滅びに向かっている魂に、すでにクリスチャンである者を通して、福音をあかしさせ、宣べ伝えさせておられます。特に母国を離れて、異国の地に宣教師として遣わされている方々、そのご家族を、豊かな恵みで満たしてくださり、励ましを与え、力を与え、知恵を与え、あらゆる助けを与えて、福音宣教のわざを祝福して下さい。弱さを抱えながら、宣教の働きに召されて、忠実に応えようとしている宣教師たち、様々な困難に囲まれながら、ただあなたにより頼んで召しに従っておられる宣教師たちを、どうぞ、物心両面において満たして下さいますように。
梅雨の時期、ひとりびとりの健康をお支えください。子どもたちをあらゆるわざわいから守り、あなたに愛されている子として、成長を育んで下さい。あらゆる事故やさまざまな悪からお守り下さい。親御さんに助けと知恵とが与えられますように。青年たちの歩みにあなたが伴って下さり、導き、守り、ご祝福下さいますように。
これからみことばの取次ぎをします。聖霊がこの場をご支配下さり、いっさいを導いてください。イエス様の御声を聞き取り、イエス様に導かれる幸いを増し加えて下さい。
これらの願い、祈り、いっさいのことを聖い御心に従って、主を愛する者の益となるように、そしてご自身の栄光に至るように、定め、導いておられるあなたに信頼し、いっさいを御手にお委ねして、私たちの贖い主、御子イエス・キリストの尊き御名によって、お祈りいたします。アーメン。
先週は、イエス様が子ろばに乗ってエルサレムに入城しようとしている場面を見ました。他の福音書によると、このとき、人々はなつめ椰子(やし)の枝を振ってイエス様を迎えたので(ヨハネ12:13)、英語ではPalm Sundayと呼ばれました(palmはヤシ科の植物一般を指す)。日本では、明治時代に翻訳する際、日本にはなつめ椰子がなかったため、同じヤシ科で似た形状の「棕櫚(しゅろ)」と訳したそうです。それでイエス様がエルサレムに入られたこの日は「棕櫚の日曜日」と呼ばれるようになりました。本当はなつめ椰子と棕櫚は別物ですが、わかりやすさを優先させた当時の翻訳者の苦心が伺われます。最近の翻訳は、当時とは状況も違うので、正確さを優先させてなつめ椰子と訳しているようです。
この「なつめ椰子の日曜日」は、こんにちで言う受難週の始めの日でもあります。この週の金曜日にイエス様は十字架にかけられることになります。そんなこととは知らずに、人々はなつめ椰子の枝を振りながら「祝福あれ、主の御名によって来られる方、王に!」と歓喜して叫び、その熱気は最高潮に達していたでしょう。ところが、ひとりイエス様は、エルサレムの姿をご覧になったとき、人々とは対照的に、声をあげて泣かれました。
41節。ここで「泣く」と訳された原語は、静かに涙を流すこと(ヨハネ11:35)ではなく、声をあげて泣くことを表わします。で、聖書の中でこの語がどんな場面で使われているか、見てみると、一人息子を失ったやもめが泣いているところ(7:13)、会堂司の12歳の娘がなくなって人々が泣いているところ(8:52)、兄弟ラザロがなくなってマリアが泣いているところ(ヨハネ11:31,33)、またヘロデ大王がベツレヘムとその周辺の2歳以下の子たちを皆殺しにしたために母親たちが泣いているところ(マタイ2:18)、そしてペテロがイエス様を三度、否んで泣き崩れたところ(マルコ14:72)などで使われています。どれも激しい嘆き、悲痛の極みを思わせる場面です。そのような泣き方を、イエス様はこの時、されたのです。
何をそれほど、イエス様は激しく声をあげて泣かずにいられなかったのか、というと、先ほど読んだように、迫り来る都エルサレムの滅亡を思ってのことでした。ご自分のために泣いたのではありません。ご自分がこれから十字架に引き渡され、肉が引き裂かれ、死なれることを大声で泣きわめいているのではないのです。私たちだったら、どうでしょう。自分の身に恐ろしい十字架刑が迫っているのに、こんなふうに誰かのために嘆き悲しむなどできるでしょうか。それも、ご自分に牙をむいて向かってくるエルサレムのために。ご自分を十字架につけるエルサレムのために、です。
イエス様は、これほどに都エルサレムを深く深く愛しておられるということをしっかりと心に刻んだ上で、次の言葉を読まなければいけません。42-44節。イエス様は泣きながら、慟哭(どうこく)しながら、この言葉を語られたのです。決して冷たく、あるいはキレて、言い放ったのではない。そして、イエス様がそうだということは、神ご自身がそういうお心でいらっしゃるということです。イエス様は生ける神の御子、全世界を造られた方ご自身を表すお方です。父なる神とまったく同じ心でいらっしゃいます。旧約聖書の預言書にも、背信に背信を重ね、滅びに向かってひた走るイスラエルの民を、神は一方では懲らしめながら、他方では悲しみのあまり、はらわたがわなないていると心情を吐露しておられます(ホセア11:8-9、エレミヤ31:20、モアブに対しても。イザヤ16:9-11)。神がもし、万が一、私たちを懲らしめる必要があって、苦しみに合わせることがあったとしても、その鉄槌の拳をたどって行くと、そこには目に涙をたたえている天の父の御顔を見るのでしょう。
このときイエス様が泣きながら語られたことは、このときから約40年後の紀元70年に、ローマ軍によってその通りになされました。このときのエルサレム滅亡を目撃したユダヤ人歴史家フラウィウス・ヨセフスの著書「ユダヤ戦記」には、その時の様子が詳しく記録されています。将軍ティトゥスは、エルサレムの住民が逃げるのを防ぎ、食糧を断つために、都の周囲全体を囲む「包囲壁(土塁と杭による城壁)」を造ることを命じ、攻め寄せました。「塁を築き、包囲し、四方から攻め寄せ」たのです。また戦争終結後、ティトゥスは神殿と都の全体を完全に破壊し、更地にするよう命じました。ヨセフスは「後からそこを訪れた者が、ここにはかつて人が住んでいたのだろうかと疑うほどに、都は完全に更地にならされた」と書いているそうです。また、ローマ軍が放火して焼けた神殿は、ふんだんに使ってあった金が溶け出して、積まれていた石の隙間に流れ込んでいたため、兵士たちは競ってその石を取り合ったとも言います。「一つの石も、ほかの石の上に積まれたまま残してはおかな」かったのです。44節の「おまえの子どもたち」とは、文字通りの子どもではなくて、「エルサレムの子たち」で、一般のエルサレム市民のことをこのように言います。
こんな悲惨な滅びが彼らに臨んだ理由は何だったのか。一言で言うと、神が送ってくださった救い主イエス・キリストを、彼らが拒否したことの結果でした。なぜ、拒否したか。キリストが、彼らの罪を指摘し、悔い改めを迫ったからです。それがおもしろくない。俺は罪びとではない。何を失礼なことを、と。神が、何かを通して、誰かを通して、私たちの罪を示されたとき、それは私たちにとって、神が差し出して下さっている「平和に向かう道」であり、「神の訪れの時」です。それは恵みの時です。罪を示される時は、一瞬、カチンとくるかもしれませんが、そこでキレずに、いったん、へりくだって、それが正しいかどうか、真実かどうか、神の御前で落ち着いて考えてみる。聖霊に、もし私の罪、間違いでしたら、示して下さい、その事を教えて下さい、と祈って、神の前に思い巡らす。そしてもしそれが正しいと思ったら、素直に悔い改める。悔い改めて、そんな自分の罪のために十字架にかかってくださったキリストを信じる。すると赦される。それが「平和に向かう道」です。神との平和を得る道。これがすべての基。そしてそれは人との平和にも通じるでしょう。それが「神の訪れの時」です。恵みの時です。苦しい言い訳をしたり、見ないことにしたりするのは平和の道ではありません。そこに真の平和はありません。イエス様は「悔い改めなさい。神の国は近づいたから」と言って、宣教を開始されました。悔い改めたら、神の国なのです。41節「それはおまえの目から隠されている」とは、高慢で悔い改めを拒否する態度のゆえに、平和に向かう道が見えなくなっていること、44節最後の神の訪れの時を知らなかったというのも傲慢のゆえに、語りかけておられる主のことばを聞く耳を持たないので、知ることができなかったということです。神は今も、私たち一人びとりに語りかけておられます。へりくだって、聞く耳を持つことが平和へ向かう道、神の訪れを知ることです。
ちなみに神の救いのご計画の点から言うと、こうして跡形もなく消え去った旧約の神殿体制は、キリストの十字架と復活、そして聖霊の降臨によって、新約時代の新しい形に更新されました。影である古い契約の儀式的な枠組みが終わり、本質であるキリスト、およびそのからだである教会へと神礼拝の枠組みが移行した歴史的な大転換点ともなっています。広い視野で見ると、さばきの中にも、神の救いのご計画は進められているのです。
続いて場面はすでにエルサレムに入って、宮でのこと。ここに、当時の宗教の堕落ぶりが記されます。45-46節。ここにイエス様が商売人を追い出したとありますが、これも、あのエルサレムのために泣かれた愛ゆえの行動であることを、読み取っておくべきでしょう。ここの「商売人」とは、礼拝者にいけにえとしてささげるための羊や牛を売る人のこと。これは本来、礼拝者の便宜のために認められていたものです。遠くから来る巡礼者が牛や羊ひっぱってくるのは現実的ではありませんから、律法にそのようにするようにとむしろ、定められていたことです(申命記14:24-26)。ところがやがて、いけにえの動物を売る側と、祭司の側とが癒着したのでしょう。神にささげる動物は、何でもいいわけではなく、傷のないものでなければいけませんでした。それをチェックするのが祭司。誰かが連れてきた羊を祭司がケチをつけて、これはダメだと言ったらささげものにできない。そこで、そのへんで売られている、ちょっと値の張る「祭司認定済み」の羊を買うしかない...。そんな利権構造があったといいます。神聖な神聖な神殿で、神を礼拝することにおいて、そんな悪どいことが行われていたのです。ぬけぬけと。神を神と思わぬ不遜な心、神を恐れる心が完全に麻痺してしまっていました。ここまで堕落していたのです。
イエス様は「わたしの家は祈りの家でなければならない」と書いてあると、旧約のイザヤ書56:7のみことばを引用しました。「おまえたちはそれを『強盗の巣』にした」は、同じく旧約のエレミヤ書7:11を踏まえた言葉です。これは当時の宮について言われたことですが、今はキリストを信じる者たちが、神の宮です。キリストを信じた時に、神の御霊がその人のところに来て、住んで下さるからです。神の御霊がおられるところが神の宮です(第一コリント3:16)。私たちの心を祈りで満たしているようにしましょう。祈りとは、願い事だけでなく、神をほめたたえること、賛美することも祈りの一つです。罪の告白も神に喜ばれる祈りです。苦難の中で神に叫び、すがりつくことも祈りです。ただ神の御前で泣くことも祈りです。聖なる方でありつつ、慈しみ深く、あわれみに富む方に心を向けて、何であれ、ことばを出すこと、心を注ぎ出すこと、それを神はさげすまれません。くれぐれも、私たちの心を強盗の巣にすることのありませんように。むさぼり、強欲、悪を行ってでも利を得ようとする我欲。欲に目がくらんで道を誤り、後悔する人も世の中にはいます。現代は欲を刺激するモノが満ちて、いやでもいろんな情報が目や耳に入ってきます。私たちの心に天来の聖霊の風を吹き込ませて頂いて、きよめて頂き、祈りで満たしていることができますように。
最後に47-48節。利権を奪われ、ますますイエス様に対する殺意をつのらせる祭司長、律法学者たち。そんな彼らと対照的に、人々はみな、イエス様のことばに熱心に耳を傾けていました。イエス様は宮からあこぎな商売人たちを追い出しただけでなく、その後、宮を神のことばの満ちる場所へと回復しておられました。私たちの心の宮も、イエス様のみことばで満たして頂きましょう。「キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告し合い、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。」コロサイ書 3:16。
「 妙にも尊き 神の愛よ 」新聖歌 230 番
最後にもう一度、今日の個所から、泣きながら、慟哭しながら、都エルサレムにさばきの宣告をなさったイエス様のお姿を心に刻みたいと思います。ご自分が数日後に十字架にかかられるというのに、まるでそんなことは忘れているかのように、ただただ滅びゆくエルサレムのために声をあげて泣かれるイエス様。そのお心だからこそ、私たちのために十字架にかかってくださったのでしょう。罪は罪として裁かなければならない。神が正義であることをやめない限り、それは変わることがない。しかし同時に、愛する者が自業自得とはいえ、身から出た錆とはいえ、苦しみに会うのは見るに忍びない。その行き着く先が十字架でした。
そのイエス様の愛は、今も、私たち一人ひとりにも向けられています。そのきよい愛をもって、私たちの心も宮きよめをして頂きましょう。私たちには日々、宮きよめが必要です。イエス様に向かって心を開いて、聖霊とみことばによって、私たちの心を真の祈りの家にしてください、と祈りましょう。
