神の守りと救い、それは神の民の歴史において、人の思いをはるかに越えて確かであった。
ヒゼキヤとユダの民は、主なる神のみ手に守られていた。
危機の時にヒゼキヤは祈り、主なる神がみ力をもって救いを与えてくださったのである。
しかし、主への信頼にたどり着くまでに、彼が苦悩し、またうろたえている姿も聖書は明らかにしている。
「そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。」
これは19章に続く出来事ではなく、アッシリヤの王セナケリブがエルサレムを攻め、そして退散する以前のことであった。
ヒゼキヤの死は紀元前687年、その十五年前は紀元前702年、セナケリブの侵攻は紀元前701年と考えられる。
ヒゼキヤは敵の脅威で死に直面させられるだけでなく、自分自身の病気によっても死が迫るという、心騒ぐ状況にあった。
なぜ、どうして、と自問しつつ、彼が耐えていたところにイザヤが来て告げた。
「あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。」
とても厳しい宣告である。
自分でも死を意識しているところに、「あなたは死ぬ。直らない」とは、受け入れるのに難しい言葉である。
主はイザヤを遣わし、今のうちに後継問題など、成すべき備えをせよ、「あなたの家を整理せよ」と命じられたのであった。
後継問題のみならず、王としての営み全般を整えよ、すなわち自らの生き方のすべてを省みよと促されたのである。
ヒゼキヤは激しく動揺したに違いない。
けれども彼が行き着いたところは祈りであった。
彼は主に祈り、大声で泣いた。
主に助けを求めるというよりも、主に知られている自分を思い出していたのである。
自分の正しさを主張するのではなく、精いっぱい主に仕えて歩んできた自分を、主よ、覚えていてください、と祈ったのである。
その祈りには、「私の身を主に預けます。お任せします」という意味が込められていたと理解できる。
主は、「わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしはあなたをいやす。三日目には、あなたは主の宮に上る」と告げられた。
さらに、「わたしは、あなたの寿命にもう十五年を加えよう」と約束された。
ヒゼキヤの祈りは聞かれ、病のいやしとともに、いのちの保証をいただいたのである。
そして今まさに直面していた国の危機も、主によって回避されるという約束をいただいたのである。
主はヒゼキヤのために、ご自身の約束の確かさを見せておられる。
病気の表れであった腫物が干しいちじくによって直ること、さらに日時計の影が十度あとに戻るというしるしをもって、主の真実を示してくださった。
アハズの日時計とは、「マアロース」、すなわち階段、上っていくものを意味し、東向きと西向きの対になった階段状のものと考えられている。
アハズがダマスコからアイデアを持ち帰ったとされている。
主はヒゼキヤが信じるように「しるし」を与えておられた。
彼が信じられるように手を差し伸べておられた。
ヒゼキヤはそれほどまでに、主によって導かれ、守られ、愛されていたのである。
人にとって大切なことは、神に愛されており、神によって生かされていることを悟ることである。
人のいのちは神の手に握られているとしても、それで不自由になるのではない。
この神に聞き従って生きることこそが、人にとっての幸い、真の自由なのである。
ヒゼキヤは確かに、自分のいのちが神の手にあることを悟った。
けれども、いよいよ心砕かれて歩んだのかというと、そうではなかったようである。
歴代誌第二32章25節に、そのことが記されている。
彼は悔い改めるのに率直であったが、彼の高ぶりの一端が、バビロンの王の使者との面会に現れてしまった。
バビロンの王は、ヒゼキヤの病気見舞いのため、手紙と贈り物を届けたのであったが、その背景には政治的な意図があり、ヒゼキヤ自身、自らの力を誇る誘惑に遭っていたのである。
アッシリヤの脅威に対して、ヒゼキヤは一貫して主への信頼を求められていたはずである。
しかし現実は、エジプトとの同盟や、今やバビロンとの同盟も選択肢の一つとなっていた。
バビロンは新興勢力として、反アッシリヤ同盟をヒゼキヤに持ちかけていたわけである。
彼はそこまでの理解のないまま、使者をもてなしたのかもしれなかった。
けれども武器庫や宝物倉のすべてを見せて、使者を歓迎したのは、明らかに度が過ぎていた。
すなわち、バビロンとの同盟に心動かされていたことは否めなかったのである。
主はイザヤを送ってヒゼキヤを諭された。
しかし彼は素直には過ちを認めず、主からの叱責を聞かなければならなかった。
南ユダ王国はバビロンによって滅ぼされる、と。
主はヒゼキヤを突き放すように、すなわち彼自身が真心から主に従うのか、また信頼するのかを待たれたのであった。
彼はその滅亡がまだ先のことと知って、ほっと胸をなで下ろしたが、ここではもっと真実な悔い改めこそが求められていたと考えられる。
ヒゼキヤが置かれていたのは、自分で自分のいのちをどうすることもできない状況であった。
戦況は危うく、肉体は病気で死を覚悟させられていた。
自分の生き方を省み、今一度、自分のいのちは神の手に握られていることを認めるようにと、彼は神ご自身から迫られていたのである。
祈りによって主に拠り頼むヒゼキヤの姿と、拠り頼みつつなお、自分の知恵や力、そして他国の力に頼ろうとする、心揺れるヒゼキヤの姿がここには記されている。
主は結局のところ、ヒゼキヤの信仰が確かだったからではなく、ご自身の真実さのゆえにヒゼキヤのいのちを支配するとともに、彼とエルサレムの町を守られたのである。
人の不完全さを越えて、神のみ業は成し遂げられるのである。
このゆえに、神の手に私たちのいのちも確かに握られていると信じること、この神に信頼することこそ、私たちの信仰の目指すべきところである。
私たちの人生においても、時に生き方を省みよと、主によって迫られるときが必ずある。
病であったり、挫折であったり、さまざまである。
喜びや感謝の時でさえ、立ち止まって自分を省みるよう、主は働かれるのである。
折に触れ、心を開いて、自分の生き方を省みることが大切となる。
その意味では、生きるも死ぬも、私のいのちは神の手にあると信じて歩み続けること、主にこそ信頼して歩むことへと導かれたい。
目の前の困難におびえることなく、迷うことなく、前進するよう導かれたいものである。