ここでは、私達の教会のメンバーが、初めて教会に行ったきっかけや、 洗礼を受けるに至った過程を紹介します。
高校1年生の時、同居の叔母に誘われて幡ヶ谷の教会へ・・・。
叔母は眼科医で、時々教会に行くことは知っていました。
どんなところか一度覗いてみてもよいという気軽な気持ちでした。
お年寄の多い教会で、その時は一回きり。あまり行ってみたいとは思いませんでした。
その後、高2の1月(1960.1)、少し時間を持て余していた時に、
中学・高校と同じテニス部にいた友人(男子)に誘われ、
小学校の同級生(女子)もいるからという理由もあって、
高校生の聖書を学ぶ会(Hi-BA)に行きました。
楽しい雰囲気にひかれて、毎週日曜日の夕方出席しました。
リーダーの話と賛美歌、そして同じ世代同士のおしゃべり、
さらに家から近いこと(歩いて15分ぐらい)も続けて行くようになった理由だと思います。
教会に行くようになったのは、1年2ヵ月後、信仰を自覚し、受験が終わってからでした。
'60年6月に高3で同クラス、Hi-BAでも中心メンバーであった竹脇真理君 (俳優竹脇無我の兄)が脳腫瘍で入院し、12月になくなられました。
彼に病床で祈られていたこと、死を自覚しつつ信仰に固く立って、 周囲の人々を思いやる態度に感動して、クリスマスの高校生大会で 講師の呼びかけに応じて決心しました。
その後心に葛藤を覚えながら聖書を読みつづけ、
自分をこの世に生きるようにして下さったまことの神の存在と、
そのお方にそむき続けている罪深い自分に気づき、
十字架にかかってその罪を負ってくださり、
復活して下さったイエス・キリストを受け入れることができました。
3月の大学受験後、朝顔教会に出席し、受洗準備クラスを通して確信を持ち、
1961年10月1日に受洗しました。
記憶のない幼児の頃から、母に連れられて教会には来ていたようですが、 大学3年生になる1993年頃までは、自分から足を運ぶ事はありませんでした。
高校時代から目標の見えない不安定な生き方に不満を持ちつつ、
1994年アメリカ留学の奨学生候補から落ちたのがきっかけで、決心しました。
同年、8月7日の暑い真夏に所沢聖書教会で洗礼を受けました。
慣れないネクタイが暑苦しく、頭にかけられた洗礼の水が気持ちよかった事を思い出します。
17、8年前、主人の仕事が転勤々々と、馴染んだ頃には「さようなら」の繰り返し・・・。
お互いに支え合うのが夫婦のはずが、我が家はちと違うぞ!?何で・・・?
それに近隣の人との付き合いに悩んでいる頃、 三浦綾子さんの「旧約聖書入門」を読み、 関連するいろんな本を読んでいるうちに、教会に行こうと・・・。
教会に行き始め、夏の聖会に出た頃に決心し、その年のクリスマスに洗礼を受けました。
驚くなかれ!初めは教会に行く事も、まして洗礼を受けるなんて・・・と
反対していた主人とともに洗礼を受けたのです。
'98年9月友人に誘われて、クリスチャンの集まりに参加し、 初めてイエス様のことを知りました。
「あなたはあなたのままで愛されている」というメッセージが心に残り、 自分で聖書を読むようになりましたが、分からない事ばかりでした。
もっとイエス様の事を知りたいと思い、友人に教会を紹介していただきました。
初めて教会に行ったときは、とても緊張しており、
入り口でMさんに声をかけていただかなかったら、帰っていたかもしれません。
教会に行く事を決めてから、信じたいという気持ちがあったようです。
しかし、どんなきっかけで洗礼の決心がつくのか分からずに、過ごしていました。
ある春の日、教会に向かう道で洗礼を受けたいという想いが強くなり、
その日礼拝が始まる前に、牧師に告げました。
その日の礼拝の説教は「あなたの道を主にゆだねよ」と題するものでした。