
使命に献身して挫折し、途方に暮れることがある。しかし主はその人を養う場所を備えておられ、練り上げ、再び立ち上がらせてくださる。
神の不思議なご摂理のうちに、ヘブル人のモーセはエジプトの王宮で青少年期を過ごし、当時の超一流の教育を受けて、大人になりました。11節「モーセがおとなになったとき」は40歳ほどのことと思われます(使徒7:23、新約p239)。論語では不惑と言われる年です。孔子は、40歳で迷いがなくなったらしいですが、今日、一般的には中年の危機と呼ばれる年代です。人によっては、不惑どころか、思いっきり惑いの渦に投げ込まれる時期で、心理学的にいわゆるアイデンティティの変化が起こりやすく、大きな方向転換をしがちと言われます。実際には思い留まる人が多いそうですが、中にはそれでまったく違った方向に踏み出す人もいて、それでうまくいく人も多くはないようですがいる一方、後悔する人も少なくないと聞きます。モーセもそんな年代になっていました。ある日、一人のエジプト人が、同胞イスラエル人を打ち叩いているのを見たとき、あたかも自分が打ち叩かれているかのように感じて、痛ましく、みじめで、いたたまれなくなったのでしょうか。それまで抑えてきた衝動が、ついに抑えきれなくなりました。
とはいえ、冷静さも失わないモーセは、あたりに人がいなくなったとき、誰も見ていないのを確認して、そのエジプト人を打ち殺しました。そして急いで砂の中に隠して、その場を立ち去りました。翌日、モーセは、今度は二人のヘブル人同士が争っているところに出くわしました。虐げられている人が、同じ虐げられている人に悪を行うという現実。虐げられている者同士、助け合うのでなく。社会的弱者と言われている人の中にも、良い人もいれば悪い人もいる。そして悪は、ふさわしい裁きを受けなければなりません。しかし悪者は、自分の悪を指摘する者に向かって牙をむきます。モーセは悪い方に「なぜ自分の仲間を打つのか」と言いましたが、対して男は、モーセをぐいっと押しのけて言いました。「誰が、おまえを俺たちのボスや裁判官にしたのか。お前は、エジプト人を殺したように、俺も殺すつもりか」心臓が飛び出るくらい驚いたでしょう。壁に耳あり、障子に目あり。誰も見ていないと確認したつもりでも、こういうことがあるのです。悪いことはできないものです。しかし、これも、神の摂理。神のありがたいご教導でした。何しろ、男だけで60万人のイスラエル民族をエジプトから解放するのは、人間わざではありません。
神のわざです。それは、神にふさわしい方法で、神の導きによって、なされなければいけませんでした。モーセは、苦しむ同胞を救い出すために、王宮での何不自由ない生活を投げ捨てる覚悟でいました。前回も見ましたが、もう一度。ヘブル11:24-25、新約p439。11:24 信仰によって、モーセは成人したとき、パロの娘の子と呼ばれることを拒み、11:25 はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民とともに苦しむことを選び取りました。モーセの志は、尊いものです。自分は安全で、何不自由ない暮らしをしているのに、自分さえよければ、彼らのことは関係ない、などと知らん顔をすることができず、すべてを捨ててでも彼らを救おうと思ったのです。モーセは、自分が王宮に置かれているのも、そのためかもしれないと考えたかもしれません。王宮における自分のポジションを用いて、彼らを解放することができるかもしれないと。イスラエル人たちも、そのことを理解してくれるだろう、と考えていました。しかし現実は甘くありませんでした。使徒7:25、新約p240
彼は、自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられることを、みなが理解してくれるものと思っていましたが、彼らは理解しませんでした。「神が」とあるので、モーセは神を信じ、神が自分をそのように用いられるものと思っていたのでしょう。信仰がなかったわけではない。事実、神は彼をイスラエル解放のために選んでおられました。しかしこの時ではなかった。彼が用いられるのは40年後のこと。このときは、モーセがイスラエル人を思うようには、イスラエル人の方はモーセを好意的には見ていませんでした。こういう一方的な勘違いはしばしばあります。ある夫婦関係のセミナーで、中年の夫婦がインタビューされたとき、夫の方は、何の問題もなく、うまくいっていると思っていて、「バッチリです」と答えたら、すかさず奥さんが「どこがよ!」と言い返したというエピソードがあるそうです。奥さんが何も言わないから夫はうまくいっていると思っていたけども、奥さんの方は、我慢に我慢を重ねて、不満が爆発寸前だったという。モーセも、彼らが理解してくれるという見通しの甘さを思い知らされたのでした。モーセは、昨日のことがばれて、パロに命を狙われるお尋ね者となってしまいました。
このときの王はトトメス3世と思われます。モーセは彼の手から逃れ、スタコラサッサ、遠くミデヤンの地に逃げ込みました。ミデヤンの地は正確にはわからないのですが、一般にはアラビア半島の北西の地域とされます。それに加えて、アカバ湾をはさんで向かい側、シナイ半島の東側の一部地域も合わせて、両側とする説もあります。いづれにせよ、ミデヤンの地まで一目散に逃げてきて、とある井戸のかたわらに座っていました。モーセは、ひどく傷ついたでしょうか。モーセはすべてを失いました。苦しめられている同胞を助けようと崇高な志を実行しようとして、失敗し、路頭に迷うことになってしまいました。知っている人が誰もいない地で一人、ほっぽり出されて、下手をしたら、野垂れ死にです。途方に暮れて、これからのことを祈ったでしょうか。しかし、神はそんなモーセをお見捨てにはなりませんでした。天涯孤独となって、食べるあてもなく、傷心のモーセをやさしく受け入れ、癒し、養う場所を用意しておられました。ちょうどそこへ、その地の祭司レウエル(「神の友」の意)という人の娘たちが、羊の群れに水を飲ませるためにやってきました。
彼女たちが水を汲み、水ぶねに満たしていたときに、地元の性悪の羊飼いどもがやって来て、せっかく彼女たちが汲んだ水を横取りしようとしました。すると、やはりモーセという人は、人助けをせずにはおれない性質なのでしょう。そのまま、見ていることができずに、羊飼いたちを追い払いました。エジプトでは、武術の訓練も受けていたでしょうから、ゴロツキのような男どもを追い払うのは朝飯前です。さらには彼女たちのために水汲みをし、羊に水を飲ませてくれたのでした。彼女たちが家に帰ると、父レウエルは、どうして今日は、こんなに早く帰ってこれたのか、と聞いたので、娘たちが、カクカクシカジカと説明すると、すぐに父はその人を連れて来るように言いました。19節で「一人のエジプト人が」と言っているのは、モーセがエジプト風の格好をしていたので、そう見えたのでしょう。このことがきっかけで、モーセはこの家に住むようになり、娘のチッポラと結婚しました。チッポラは「小鳥」の意。やがて男の子を与えられ、モーセはその子にゲルショムと名付けます。「寄留者」から来ている言葉で「私は外国にいる寄留者だ」という思いがうかがわれます。
モーセは、落ち着いた生活をしていたと思われますが、心は先祖から伝え聞いていた約束の地、カナンにあこがれていたのでしょう。こうして神の約束をにぎりしめているのは、ヤコブやヨセフと同じ信仰を受け継いでいることのあかしでした。「御恵み豊けき 主の手に引かれて」(新聖歌300番)モーセは挫折しました。自分がそのためにすべてを捨てて、助け出そうとしている、当のイスラエル人から拒まれて、ミデヤンの地へ逃亡し、心は傷つき、身を寄せる所もなく、天涯孤独の身になりました。しかし、神は、彼のためにちゃんと場所を用意しておられました。失敗したから、終わり、ではない。レールからはずれてしまったから終わり、ではない。神はちゃんとセーフティネットを用意しておられ、彼を養い、癒す場所を備えておられました。それだけでなく、主に用いられる器へと練り上げられるのです。主が用意しておられたミデヤンの地。そこでモーセは祭司レウエルのもとに身を寄せることができました。そこで養われることができました。野垂れ死にせずに済みました。モーセはここで羊飼いをしていたようです(3:1)。ペットブームではありませんが、羊などの家畜と触れ合うのは、弱った心に癒しになります。
華やかさの裏側に、いつも気が抜けず、神経の張りつめた王宮での生活とは、だいぶ違ったでしょう。またレウエルについて、16節に「ミデヤンの祭司」とありました。ミデヤン人は、実はアブラハムの子孫です。サラ亡き後、アブラハムがめとった妻ケトラによる第四子ミデヤンの子孫です(創世記25:1-2、p40)。とすれば、アブラハムが、自分の子たちに神のことを教えなかったとは考えられません。おそらくミデヤン人も、どのような形でか、アブラハムの神を礼拝していたのでしょう(18:9-12参照)。その祭司です。モーセ自身は、エジプトでもアブラハムの神を信じていたと思いますが、パロの王宮ではエジプトの神々に取り囲まれ、偶像の祭司たちの司る儀式に立ち会わされることもあったでしょう。それが、ここでレウエルの元で暮らすようになって、それらの偶像・異教とのかかわりからも解放され、モーセの良心は安堵し、きよめられたでしょう。また、学問ではない、実際の人生経験を通して知ることのできる神について、レウエルから学ぶこともあったのではないでしょうか。またそんなお舅さんのレウエル家との関係も、総じて良好だったようです。
サザエさんの家のマスオさんのように、うまくやっていたのでしょうか。のちに出エジプトのときに、レウエルは、シナイ山のふもとに宿営していたモーセのもとを訪ね、モーセも歓迎しています(18:1以下)。またここで普通の人の生活を経験したことも、有益だったでしょう。王宮育ちのモーセは、庶民の生活のこと、彼らがどんなことを思っているのか、彼らの気持ちなどのことは、何も知らなかったでしょう。そして、結婚し、子どもを与えられ、家庭をもったことも、将来のリーダーとして整えられるための訓練にもなりました。Ⅰテモテ 3:5(新約p408)自分自身の家庭を治めることを知らない人が、どうして神の教会の世話をすることができるでしょう。家庭を治めるというのも、なかなかの難事ではないでしょうか。ある中小企業の社長さんは、会社では何百人もの従業員を命令1つで動かせるが、家では息子に、たばこ一箱買ってきてくれが言えない、と嘆いていたと言います。事程左様に、家族の難しさというものもあります。罪びと同士が一緒に生活しているのですから、ぶつかって当たり前。
どちらかが一方的に我慢しているのでもない限り、お互いにある所で落としどころを見つけて、妥協しあうとか、譲り合うとか、協力し合うのでなければ、立ちゆきません。自己主張ばかりではなく、ちょっと大げさに言えば、自分を十字架につけるということを、生活レベルで強いられるのではないでしょうか。あるいは愛する相手のために、自分から進んで自分を十字架につける。痛みを負う。キリストにならって犠牲を払うということができれば、理想的です。もちろん、お互いにです。キリストに従うということは、その気になれば、身近なところからできるものです。また、家庭でもどこでも、治めるというのは、知恵が必要です。善悪を教え、正義にのっとって裁かなければいけないときもあります。しかし教科書と違い、現実は複雑微妙で、それぞれに言い分があり、事情があり、そう簡単ではありません。また、裁かなければならない側の痛みも、避けることはできないものです。モーセはこのミデヤンで40年を過ごすことになります。ミデヤンの地は、挫折したモーセを受け止め、養い、癒し、そして神の召しに向けて練り上げられるときでもありました。
人生には、順調に何事もなくいく人もいるのでしょうが、大きな挫折を経験する人もいます。それは神が与えておられる人生ですから、どちら良い悪いということはできません。モーセのように良い志をもって挫折する場合もあるのです。私たちも、神から与えられた志があるならば、大胆に従うべきです。たとえそれで失敗して、傷つくことがあったとしても、恐れることはありません。神は、一人びとりのミデヤンを備えておられるのです。